国立環境研究所と北海道大学、「Nature-Positive Tourism」は生物多様性保全を優先すべきと提言する展望論文を発表
国立環境研究所(National Institute for Environmental Studies)とHokkaido University(北海道大学)の研究者らが、学術誌『npj Biodiversity』に展望論文を発表し、観光分野で広がる「Nature-Positive Tourism」という概念について、環境全般ではなく生物多様性への貢献を優先すべきだと位置づけた。
論文では、観光活動が生息地・種・遺伝的多様性という3つの層でそれぞれ生物多様性に負の影響を及ぼし得る事例を整理した上で、こうした影響を反転させるための6つの指針を提案している。
生物多様性優先の観光概念を提唱
国立環境研究所のChia-Hsuan Hsu氏、北海道大学のHaruka Ono氏とTakahiro Kubo氏は、学術誌『npj Biodiversity』に展望論文『Nature-Positive Tourism should prioritize biodiversity conservation』を発表した。同論文は、近年観光分野で使われ始めた「Nature-Positive Tourism」という概念について、環境問題全般への配慮ではなく、生物多様性への直接的な貢献に重点を置くべきだと論じている。
論文では、観光による生物多様性への負の影響を「Nature-Negative Tourism」と呼び、生息地・種・遺伝的多様性という3つの次元それぞれについて、既存研究に基づく具体的な事例を整理した。あわせて、こうした負の影響を反転させ、測定可能な生物多様性の純増を目指すための6つの指針を提案している。
Nature Positiveの広がりとWTTCの定義
「Nature Positive」は2022年に非政府組織(NGO)と企業の連合体が提唱した概念で、「2020年を基準として2030年までに自然の損失を止めて反転させ、2050年までに完全な回復を達成する」ことを目指すとされる。この定義は種、生態系、生態学的プロセスの健全性・豊かさ・多様性・回復力における測定可能な改善を軸としており、本来は生物多様性を中心に据えた概念である。同フレームワークは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)や自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)と同様に、企業の環境・社会・ガバナンス(ESG)評価指標として幅広い業界や政府に採用されてきた一方、研究者からは用語の意味が希薄化する懸念も指摘されてきたという。
観光分野では、世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)が2022年と2024年の2つの報告書で「Nature-Positive Tourism」の概念を提示した。2022年の報告書は、観光が食料消費や廃棄物、温室効果ガス排出、不適切な土産品の取引などを通じて間接的に生物多様性の減少に関与し得ると認めつつ、観光の直接的な影響についてはあまり検討されてこなかったと指摘していた。2024年の報告書では地域社会との協働や市民科学、消費者行動への働きかけなど生物多様性の増加を目指す事例が多数示されたが、著者らはそれらの多くが依然として間接的な取り組みにとどまっていると位置づけている。あわせて、著者らが「Nature-Positive Tourism」を明示的に掲げた組織・企業・政府機関のオンライン記事4件を調べたところ、生物多様性保全に直接言及していたのはResponsible Travelの1件のみで、いずれも具体的な実施事例ではなく展望を示すにとどまっていたことも紹介されている。
事実関係の整理
- 情報の種類:学術誌に掲載された展望論文(Perspective)
- 発表元:国立環境研究所、北海道大学の研究者ら
- 掲載誌:npj Biodiversity
- 主要な主張:Nature-Positive Tourismは生物多様性への直接的貢献を優先すべきで、生息地・種・遺伝的多様性の3層に分けて対応する必要がある
- 提案内容:行動変容の促進、自然基盤型解決策の導入、保全活動への観光客の参加、既存の自然域の開発回避、野生動物の捕獲・取引の禁止、生態系の許容範囲内での運営という6つの指針
- 留意点:本論文は展望論文であり、独自の新規実証データを提示するものではなく、既存研究や既存事例の整理・再構成に基づく提言である
参考文献