東京大学が乳がんリンパ節転移の初期段階を解析──予後に関わる細胞集団を整理
東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木穣教授と永澤慧特任研究員らの研究グループは、聖マリアンナ医科大学の津川浩一郎教授らとの共同研究により、乳がんのリンパ節転移が始まる極めて初期の段階を単一細胞レベルで捉えた研究成果を発表した。
空間的1細胞遺伝子発現解析技術を用いてリンパ節内のわずか30個の微小転移がん細胞を特定し、これらの細胞が示す多様な状態を整理したうえで、転移の成立と患者の予後不良にそれぞれ関わる細胞集団の違いを示した。
微小転移細胞の解析からハイブリッドEMT細胞の役割が判明
研究グループは、原発腫瘍、転移陽性リンパ節、腫瘍ドレナージリンパ節から採取した検体を、1細胞解像度で位置情報と遺伝子発現を同時に解析できる「Xenium」により解析した。腫瘍ドレナージリンパ節内では、従来の病理検査では検出が難しいとされる30個の微小転移がん細胞が確認され、これらは遺伝子発現の特徴から6つのサブタイプ(C1〜C6)に分類された。分類された細胞には、完全に間葉系へ変化した細胞だけでなく、上皮と間葉の両方の性質を併せ持つ「ハイブリッドEMT」状態の細胞も含まれていた。
このうち、実際にリンパ節内でコロニーを形成し定着に成功していたのはC4クラスターであり、エネルギー源をブドウ糖から脂肪酸に切り替える代謝の変化が確認された。一方、最も間葉系の性質が強く浸潤能が高いと考えられたC6クラスターは、転移には関与しているものの、リンパ節での増殖・定着の主体ではなかった。公開されている大規模データセット(METABRICなど)と照合したところ、患者の無病生存期間との関連が最も強く示されたのは、高い増殖活性と解糖系代謝の特徴を併せ持つC5クラスター、すなわち一部のハイブリッドEMT細胞であった。
リンパ節転移研究における位置づけ
乳がんにおいて、わきの下のリンパ節への転移は予後との相関が強い因子として知られているが、転移が成立する最初期の過程を生体内で直接観察することは技術的に難しく、これまで詳細が明らかになっていなかった。上皮間葉転換(EMT)は、がん細胞が転移の過程で細胞同士の結合が緩んだ間葉系の性質を獲得する現象として知られ、転移の必須プロセスの一つとされてきた。従来は、完全に間葉系へ変化した細胞ほど悪性度が高いと考えられる傾向があった。
今回の研究では、ヒト体内の検体を用いた解析により、リンパ節への定着に関わる代謝適応と、患者の予後不良に関連する増殖・代謝の特徴が、いずれもC6クラスターのような完全な間葉系細胞ではなく、異なる細胞集団によって担われていることが示された。研究グループは、転移の成立が単一の細胞ではなく、微小環境への定着や免疫回避、増殖といった異なる役割を持つ複数のハイブリッドEMT細胞集団による協調的な過程である可能性を挙げている。
事実関係の整理
- 情報の種類:基礎医学研究(乳がんリンパ節転移の初期過程に関する解析)
- 発表元:東京大学大学院新領域創成科学研究科、聖マリアンナ医科大学、国立がん研究センター東病院、株式会社ニコンほかの共同研究グループ
- 対象:乳がん患者の腫瘍ドレナージリンパ節に存在する微小転移がん細胞(Xeniumにより検出された30個)
- 主要指標:EMTサブタイプ分類(C1〜C6)、脂肪酸代謝・解糖系代謝関連の遺伝子発現、METABRICコホートを用いた無病生存期間との相関
- 掲載誌:npj Breast Cancer(DOI:10.1038/s41523-026-00897-1)
参考文献
東京大学大学院新領域創成科学研究科 記者発表
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/0029095.html