九州大学がHGF活性化合物「リポ酸トリスルフィド」発見を発表──加齢性筋萎縮研究の位置づけを整理
九州大学大学院農学研究院の辰巳隆一教授らの研究グループが、筋幹細胞を活性化するHGF(肝細胞増殖因子)の機能を高める化合物を発見したと発表した。
この化合物はリポ酸トリスルフィド(LASSS)と呼ばれ、HGFがニトロ化により働きを失う現象への耐性と、受容体との結合親和性をともに高めることが確認されたという。研究成果はScientific Reportsに掲載された。
HGFの機能を高める化合物リポ酸トリスルフィドを確認
骨格筋には、通常は休止状態にある筋幹細胞(衛星細胞)が存在し、運動や筋損傷などの刺激を受けるとHGF(肝細胞増殖因子)依存的に活性化して増殖を始める。研究グループはこれまでに、HGFが酸化反応の一種であるニトロ化を受けると生理活性を失うこと、そしてこの現象が加齢に伴い進行・蓄積することで筋萎縮につながるという学説を2024年2月に発表していた。
今回の研究では、この学説の発展として、ニトロ化されにくく、かつ細胞膜受容体との親和性が高まった状態のHGFを作り出す化合物を確認したと報告している。この化合物はリポ酸トリスルフィド(LASSS)で、αリポ酸に硫黄原子を1つ追加した化合物(R体)にあたる。研究グループの説明によると、LASSSは自身が持つ高い抗酸化性(抗ニトロ化活性)そのものに依存するのではなく、HGFと反応してその局所的な構造を変えることにより、ニトロ化への耐性と受容体結合親和性を高めているという。
実験の過程では、HGFに対するモル比を通常より高めてLASSSを添加した条件で、受容体結合親和性が約2倍に増加する結果が得られたとしている。また、筋幹細胞の活性化とこれに続く増殖・分化といった生理活性は損なわれなかったと報告している。
加齢性筋萎縮に関する一連の研究の中での位置づけ
骨格筋は加齢に伴い萎縮し、柔軟性も低下する。運動機能の低下に対しては、酸化ストレスの軽減、適度な運動、高タンパク質栄養といった一般的な健康科学的な取り組みが知られている一方で、筋肉の加齢変化を引き起こす仕組みそのものに基づく方法の検討が課題として挙げられてきた。研究グループは2023年11月にプレスリリースを行い、2024年2月にはHGFのニトロ化と筋萎縮の関係についての学説を『Aging Cell』誌に発表している。
今回報告されたLASSSに関する知見は、この学説を踏まえた発展的な成果として位置づけられている。研究グループの説明では、今回の成果はヒトのHGFだけでなく、ネコやイヌなど伴侶動物のHGFにも広く適用可能とされ、将来的にはヒトや伴侶動物の加齢性筋萎縮症に関連する応用が想定されるとしている。ただし、現時点では基礎研究の段階で得られた知見であり、医薬品としての開発状況や承認の有無については本発表からは確認できない。
事実関係の整理
- 情報の種類:研究成果(基礎研究)
- 公表元:九州大学大学院農学研究院(辰巳隆一教授らの研究グループ)
- 対象:HGF(肝細胞増殖因子)、筋幹細胞(衛星細胞)
- 確認された化合物:リポ酸トリスルフィド(LASSS、αリポ酸に硫黄原子を1つ追加した化合物、R体)
- 主要な効果:ニトロ化耐性の増強、受容体結合親和性の増強(一部条件で約2倍)
- 掲載誌・掲載日:Scientific Reports、2026年7月24日
- 留意点:現時点では基礎研究段階の知見であり、医薬品としての開発・承認状況は本発表からは確認できない
参考文献
九州大学「筋肉の若さを支えるHGFを強化する化合物を世界で初めて発見」
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/1524